【人生が変わるフィリピン留学!】フィリピン留学で果たして人生観は変わるのか?

毎日に刺激がない!何か楽しいことないかな〜が口癖

日本での生活。なんとなくだいたい同じ毎日
でも、周りもそうだから。
これが普通でしょ。

でも、やっぱりなんか違和感があるんだよね。

毎日、同じ電車に乗って会社に行って(学校にいって)
なんとなくつまらないな〜なんて時間を過ごしながらも
仕事(学校)が終わった後の遊びやプライベートを楽しみに

週末は何をしようかな

日曜日のサザエさんの時間はなんとなく憂鬱….

また明日から、同じことが繰り返されるのか,,,,,

人生ってこんなもんなのかな?

 

 

それでも、まだ消耗をし続けるの?

世の中にはたくさんのセミナーがあります。
人生を変えよう!とか引き寄せの法則とか

たくさんの自己啓発のセミナーが行われていて
たくさんの書籍が販売されています。

社会が幸せが不足しているとなるとこのように
自己啓発の書籍は売れるわけです。

みんな誰だって、素晴らしい人生を歩みたいし
自分が主役の人生を歩みたい。

そうですよ。こんなの当たり前のこと。
だから努力をするわけですよね?

苦しいことを我慢して努力をして
将来の幸せを夢見るわけです。

この苦しい状況をなんとか麻痺させるために
なんとか打開するために、本を読んだり、断捨離をしてみたり
セミナーに参加してみたりあらゆることを試すわけです。

家に何冊くらい自己啓発の本がありますか?
毎月何回くらい占いをしてみたりしますか?
毎月何回くらいセミナーに参加したりしますか?

 

 

時代は幸せを探している「嫌われる勇気という本」

「嫌われる勇気」という本をご存知ですか?
アドラーという心理学者が書いたいわゆる自己啓発本になるのですが
なんと、135万部も売れ、ベストセラー年間1位になった本なのです。

世の中のニーズは歴代のベストセラーが大きく反映していると思います。
本はその時代の人たちが何を欲しているのかがよくわかるのです。

私たちは常に自分達の心と向き合い、幸せになりたい
と考えているのは間違いないことなのです。

しかしながら、なかなかどうしていいのかわからない
だからこそ書籍を読み情報を得る動きをするわけですよね

人は自由を探して求めている
窮屈で退屈な牢獄のような人生から誰しも解き放たれたい

蒼い空、眩しい太陽、大きな白い雲

そんなきらびやかな世界にはばたきたい。

声に出しては言えないけれどももしかしたら
こんなことを空想したりしていませんか?

 

もっとも簡単な自己成長の一つでもある「留学」

「留学」って英語を勉強するためのことでしょ?
お金かかるんでしょ?そんな時間ないよ〜。

日々の仕事に追われて….
日々の学校に追われて….

確かに物理的に長期間海外へ行くことはなかなか容易なことではありません。
スケジュール的にも、金銭的にも。

しかし、たった1週間でも環境を変えることで、特別な体験をすることで
大きく自分のパフォーマンスが変わるのであればこれほど素晴らしい投資はありません。

あらゆる本を読むよりも、あらゆるセミナーに参加するよりも
一番わかりやすいのは自分が衝撃を受けるような体験をすることが
一番簡単に変わるきっかけになると思いませんか?

 

断捨離の本当の意味

最近巷でもよく聞く言葉として「断捨離」という言葉を耳にしませんか?
* 断:入ってくるいらない物を断つ。
* 捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
* 離:物への執着から離れる。

というように、あらゆる執着から離れていこう、結果的に自由になれるよ!
という考えのことです。

本題はここからなのですが、なぜこれほどまでに「断捨離」という言葉が
フィーチャーされるのでしょうか?

本来、マスコミというものは、スポンサーがいて成り立っています。
スポンサーの多くは「消費を促す存在」なわけですよね?

本来は「断捨離」なんていうムーブメントは経済的に好ましくないわけです。
だから、マスコミはこんなことを本来は紹介をしたくないわけです。

でも、なぜここまで「断捨離」という言葉が一人歩きをしているのでしょうか?

これは、インターネットの発達による「個人の影響力」が強くなったから
さらに、この大きな波が隠せないくらい大きなことになっているからと考えられないでしょうか。

そう、私たちは今、確実に本来性の「幸せ」というものを探し始めているのです。
世の中の心の叫びが形となって「断捨離」というムーブメントを押し上げたのです

 

 

生まれる場所は選べない。

けれども生きる場所は選べる時代

インターネットが発達をして、SOHOやノマドなどの在宅でも勤務が出来る
社会構造が出来上がっています。

さらに、インフラとしてもLCCなど、格安で世界とつながる交通網ができました。

私たちは、生きる場所を選べるようになっているのです。
しかしながら、私たちには大きな問題があるわけです。

それは、先入観

海外での生活なんてできるわけがない
海外での生活は夢だけど….

そもそも英語が話せないのにどうやって暮らすんだよ

日本以外の国で生活をするなんて考えられない。。。

といったように、
「もしも出来たら…」という淡い期待は「夢」として考えて
現実では

・あれがないからできない
・これがないからできない

といった今の状況から抜け出さないように理由を考えてしまうんです。

 

 

私たちは自分自身であらゆる可能性を制限をしている

みなさん、ネガティブな感情って持っていると思うんです。
このネガティブ感情ってどこから来るのでしょうか?

僕は、ネガティブな感情って経験や教育から来ているんですよね。

すなわち、教育ってのは本当に素晴らしいものでもあり、
恐ろしいものでもあるんですね。

知らず知らずのうちに身にしみてしまっている…
知らず知らずのうちに考えが固定されてしまっている…。
自分自身で自分の人生を制限しているのかもしれないですよね。

思い返せば僕は7歳くらいから常に思考を止めることが
できない人間でした。

人について、人生について、結果的に哲学についてを考え
続けました。

私たちはあらゆる知識が邪魔をする

人の能力というものは教育で成り立ちます。
この能力というのは、考え方に大きく支配されるわけです。

その要素というのが「知識」や「情報」な訳ですよね。

例えば、「●●さんが、あなたのことを悪く言っていた」

ということを耳にした場合、

それが事実かもわからずとも、

「●●さんに対してフラットな気持ちで接することができなくなる」と思います。

「悪口をいう=悪い人」という教育があり
さらに、「悪口を言われて嫌な経験をした」という経験があり
「悪口を言われていた」という情報を得たわけです。

異文化圏で出会った概念を変える出来事による気づき

その他にも、フィリピンという国ではシャワーを水で浴びる文化があります。
日本人から考えると「えっ水?」と思うかもしれません。

私たちはお風呂=暖かいという経験を持っています。
これは私たちが過ごす日本という国の文化

日常の生活の中で当たり前にしてきた、経験からきています。

しかし、フィリピンでは文化慣習の中で「シャワー=水」という
構図があるわけです。

正直私もすごく戸惑いました。
だって、お風呂っていうのは1日の疲れを癒して、身を清潔にするもの。
という考えがあったからです。

この話をフィリピンの人にしてみると、フィリピンでは身を綺麗にするという点は
一緒なのですが、シャワーを浴びる=体温を下げる、という南国の背景からの理由と
さらには、水シャワーを浴びて、シャキッとする!という意味があると聞いて
ものすごく納得できたのを覚えています。

この話を聞いて、フィリピンでの水シャワーの概念をしってから私も水シャワーを
以前ほど苦なく浴びることができるようになったという経験があります。

 

 

私たちは、脳で支配をされている。

私たちの生活、人生はだいたいが脳で支配をされています。
私たちが出来事をどのように判断するかという点で大きく見方が変わるわけです。

「食わず嫌い」という言葉がありますが、これは事前の情報で「嫌い」という判断をしています。
しかしながら、実際はすごく美味しくて「好きになる」なんてことも多々ありますよね?

これも、知らず知らずのうちに自分が溜め込んだ知識による判断な訳です

他にも、「幸せ」か「不幸」かということに関しても脳により判断されているわけです。
実際には「幸せ」や「不幸」ということは現実世界には物理的に存在していません。

この「幸せ」か「不幸」かの二択の決断をしているのも私たちの脳な訳です。
例えば、ある人は失敗をして「不幸」だと感じる人もいる一方で
「失敗」は「成功の母」であると考える人もいます。

このことからも私たちは多分に脳で人生を支配されていると言っても過言ではありません。

と前置きが長くなりました。

 

 

どうして私たちは英語=かっこいいと思うの?

「私たちはどうして英語が話せるようになりたい」という思いを持つのでしょうか?
そして、「英語が話せる=かっこいい」というイメージがあるのでしょうか?

このイメージの根本も教育にあると考えています。

「海外のバックパッカー」の人たちに「英語が話せたらかっこいい」と思うか?という
質問をした時に、帰ってくる答えは意外なものでした。
Aさん イタリア
英語が話せるということは便利なことだよね
だって、たくさんの人と会話ができれば情報を収集できる
旅をする中で情報は大切だからね
Bさん インド
たまたま、外国人と関わることが多くて、なんとなく真似をしていたら
話せるようになったけど、読み書きができないんだよね。
英語がかっこいいかということは考えたこともないな
Cさん フィリピン
英語が話せれば海外で働くチャンスを得ることだから
一つの人生を豊かにするスキルの一つにすぎないかな
パソコンが使える、携帯が使えるということをかっこいいと
思わないのと一緒で、あったら便利ただそれだけの感覚
Dさん ドイツ
言葉をしゃべれてかっこいいということを考えるよりも
何を伝えてどういう生き様をしているのかという点が
かっこいい、かっこよくないの判断基準じゃない?
Eさん フランス
みんなテクノロジーには興味があるよね?
だって生活が便利になるから。
英語もそれと同じ感覚、ただ便利になるだけ。
海外の人たち(非英語圏)の人たちと日本人とでは大きくイメージが
違うことがとても興味深い。

 

 

 

私たちが抱えるコンプレックス?

なぜ私たちは、英語=かっこいい。というイメージがあるのだろう?
きっとこれは「白人至上主義」からきているのではないだろうか?

ハリウッド映画、洋楽、ファッション
あらゆるところから文化は欧米化が進み、白人に対しての憧れを
もっているのではないだろうか?

決して白人に対しての憧れが悪いということを言っているわけではない
ただ、あまりにも憧れが強すぎてしまうと意識が固定してうということ
をもっと考えたいと思う。

 

 

私たちを英語嫌いにさせた「教育現場」

日本人の英語留学生に聞いた英語に対する苦手意識

1,文法が分からない
2,発音に対しての恥ずかしさ
3,単語を覚えなくてはいけない

すべては間違っていません。
しかしながら、順序が間違って居るケースがあります。
これは卵が先か鶏が先かという話になるのですが、

英語が伸び悩む生徒の多くは、「真面目」であるという傾向があります。
逆に「柔軟な挑戦型」の生徒は比較的早い段階で頭角を現し始めます。

日本の教育は今まで、座学を中心とした学習スタイルでした。
なぜなら日本ではなかなか英語の環境を作ることができないから

また、英語の学習の目的が間違っていました。
日本の英語学習の目的は「受験勉強」
そう、受験勉強のために「暗記をする」ということが最良の方法だったわけです。

結果として、日本人は「読む/書く」は比較的できる人が多く
その勉強方法が得意な人たちは多いのも事実。

日本人は座学が得意なのです。
しかしながら、これも座学という教育を施されたからに他ならず
これが一番最良な学習方法かといえばはなはだ疑問が残ります。

使う環境を求めて海外に行くのに…

「海外での留学」多くの人たちは「環境」を変えることは重要なこと
ということに気がついています。

人生を変えるためには3つの要素が必要という話があります。

1,付き合う人を変える
2,時間の使い方を変える
3,生活環境を変える

という三つな訳です。

私にはそんなことはできないな〜。
なんて感じている人もいるかもしれませんが、私たちはほぼ全員この体験をしています。

一番わかりやすことは、私たちが通っていた学校です。
小学校→中学校→高校→大学
と進学をする中で、

クラスメートが変わる→付き合う人が変わる
時間割が変わる→時間の使い方が変わる
学校が変わる→環境が変わる

という3つの人生が変わる要素を体験しているのです。

私たちは無意識の中でこのような体験をしているわけです。
だからこそ、海外に身を投じて環境を変えれば「何かが変わるだろう」という期待を持っているわけです。

しかしながら、文化慣習というものはなかなかこびりついて離れません。

 

 

文化慣習というこびりついたもの

私たちは海外での留学を通して「環境を変える」環境を変えれば英語も話せるようになるだろう?
と考える人も少なくありません。

しかし、どうしても海外に行き環境を変えたとしても、私たちにこびりついた慣習というものは
なかなか変化に適応することは容易ではありません。

せっかく環境を変えたにもかかわらず日本と同じ生活環境、学習の仕方などを求めてしまうのです。

その具体例が、どうしても「暗記」をして「文法をマスター」して「発音を完璧に」という完璧主義
を今でも持っています。それは悪いことではありません。

しかし、頭でっかちになりすぎて、暗記をすることに集中して、「使う」ということをしないのです。
気の知れた先生とは話ができるようになる。

しかし、街で欧米人と会うとどうしても話ができなくなってしまう。

という状況が起こってしまうのです。

どうしても真面目でシャイな日本人

「しかしながら、英語が話せないと、何もできない」
「英語が話せたら友達も出来るだろうけど、英語が話せないんじゃね….」

まさに日本人的な考えなのかもしれない
「英語が話せたら友達ができる」

いやいやちがうんです。

「友達ができたら英語も話せるようになるんです」

順序が逆なんです。手段があって目的じゃなくて
目的があって手段なんです。

だから、恋愛なんて一番わかりやすいわけですよ。
みんな恋愛でもすればいいんです。恋は盲目になるわけです。

もしかしたら、けしからんとお叱りの言葉を受けるかもしれない。

 

 

日本人は暗記型、諸外国の人たちの英語学習は●●型

しかし、僕はこの街ドゥマゲテという場所でゲストハウスも経営しているのだが
世界中からバックパッカーが宿泊してくれて連日予約で満杯の中で、特に上手ではないけれども
自信満々で英語を駆使してコミュニケーションをしている人たちを多く見かける。

彼らに話を聞くと、旅先で友達ができてその友達と話しているうちに英語を覚えた
というではないか。

さらには、youtubeを見て聞いた言葉をどんどん使っているとか。
とにかく実践型の人が多いこと。

留学産業、英語産業というのは完全に
コンプレックスを打破するための業界になっている。
日本人はやはりどうしてかシャイなわけで、英語のコンプレックスを強く持っている
だからこそ、このように英語に関連する業界が発達しているわけだ。

世界中どの書店に行っても、日本ほど英語の参考書が並んでいるところは目にしない
そして今、フィリピンでの留学ときている
「英語が話せたら世界が広がる」
「英語が話せたら年収が上がる」
「英語が話せたら旅行が楽しくなる」

こんなキャッチコピーが街に氾濫しているわけだ。
さらに、私たちは「英語が話せること」をゆめのように感じてるわけだ。

海外に長くいれば、海外という環境に身を浸していれば英語が話せるようになる。
でも、学校とかなんかに属していたい….

 

 

長くいても話せるようにはならない現実

という流れになるのはわからなくはない。
でも、長くいたからといって英語は話せるようにはなりません。

私は留学の学校を経営しているし、私自身かれこれ10年近くフィリピンでビジネスをしています
この中で何年長く住んでいても英語が話せない人はたくさん目にしています。

これらに共通することは、フィリピン人は理解力が高い。という点があります。
フィリピン人は語学に関してはズバ抜けた才能を持っています。

だから、日本人のつたない英語でも、日本人と長く接していれば理解をする能力を身につけてしまうのです。
長く住んだとしても、人間行動範囲なんて決まってくるものです。付き合う人なんてしれてくるものです。

長くいる=英語が堪能に成る。という図式は実は当てはまらないんですね。

 

 

本気で英語を習得したいのならば

まず英語を学ぶためには順序があります。

英語を吸収する体質作り
目的を明確にする
興味に沿って自主性を養う
わからないところをあぶり出す
知識を詰めていく

といった流れを取っていく必要があります。

前述したように英語産業はコンプレックス産業です。
私たちはいつでも、楽に英語を学ぶ方法を探しています。

これは無意識に「英語=辛い」「英語=難しい」と考えているからではありませんか?
こんな考えをもちながら勉強をするのは効率的じゃないですよね?

やはり勉強というのは、目的があって興味があって、わからないことがあって、勉強して
初めてどんどんと吸収していくわけです。

まずはこのような体質を作るところから始めるのが日本人の英語に対して苦手意識を持っている
人たちのベストな学習方法なのです。
もしも、あなたが英語に対しての苦手意識を持っていたら
この意識を書き換える「体質変換」からする必要があるのです。

  1. 実践体験を通して、スピーキング力を徹底的に伸ばします。

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